T氏のすべらないコラム

秀吉とリンカーン

2017年10月

TV時代劇「水戸黄門」が金八先生こと武田鉄矢主演で復活した。役者代われど印籠振りかざして「この紋所が目に入らぬか!」の名場面は相変わらずだ。愛煙家で知られる作家の筒井康隆氏が2002年に紫綬褒章を受賞した時、これを真似しようと目論んだ。紫綬褒章の受賞者には菊の紋所入りの恩賜の煙草が下賜されるので、当時、路上喫煙禁止条例を唯一施行していた千代田区の路上でこれを一服、巡回の係員が取り締まりに来たところで「この紋所が目に入らぬか!」と一喝しようという計画だ。ところがこの計画は実行できなかった。受賞者に下賜されるのが煙草ではなく月餅に代わっていたからだ(菊の紋所入りには違いなかったのだが)。

江戸時代から明治の世になると、かなりおおらかだ。明治帝と面談の約束があった蜂須賀侯爵が、待っている間に卓上に山とあった紋所入り煙草を一握り懐に入れた。部屋に入られた帝は、煙草が減っているのに気づくと「蜂須賀、血は争えぬな」と冗談をおっしゃったという。蜂須賀家の祖とされる蜂須賀小六が太閤記等の読み物で野盗の類として描かれていたからだ。野武士の頭領だった蜂須賀小六は、矢作橋で昼寝していた日吉丸(後の豊臣秀吉)と出会い...というストーリーは人口に膾炙(じんこうにかいしゃ)していた。しかし実際にはこの出会いは不可能だ。矢作橋が矢作川に架けられたのは1601年、豊臣秀吉の死後3年のことだからだ。

似た話が米国第16代大統領エイブラハム・リンカーンにもある。2011年に刊行され、米国では200万部を超えるベストセラーになった "Killing Lincoln" は、著者のビル・オライリーとマーティン・デュガードが共にジャーナリストで、副題が 'The Shocking Assassination That Changed America Forever' 「アメリカを永遠に変えた衝撃の暗殺」だったこともあって、史実に基づくノンフィクションと受け止められた。しかしながら、リンカーン研究者により inaccuracies が指摘され、信頼性が揺らぐことになる。mistakes が「思い違いによる誤り」なのに対して inaccuracies は「不正確な誤り」を意味する。極めつけは、 "O'Reilly and Dugard place Lincoln in the Oval Office, a feature of the White House that didn't exist until 1909, during the Taft administration."――この本ではリンカーンがホワイトハウスの feature「象徴」であるオーバルオフィス(大統領執務室 形状が oval:楕円形であることからこう呼ばれる)で苦悩する場面が描かれているが、オーバルオフィスができたのは the Taft administration 第27代大統領タフト政権時であり、第16代大統領のリンカーンがそこで執務することは不可能だ。 その後 "Killing Lincoln" は historical thriller と呼ばれている。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

クイズ

今月のクイズ(正解は12月号に掲載)

  1. 「3年B組金八先生」で森田順平演じる数学教師のあだ名は?
  2. 「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎のころ...」というナレーションで始まったTV特撮時代劇は?
  3. 米国の Presidents' Day はリンカーンともう一人誰の誕生日を祝う日とされているか?

8月のクイズ正解

  1. 練馬大学
  2. ロスノフスキ家の娘
  3. マクベス

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