T氏のすべらないコラム

言葉は文化だから...

2017年3月

作家の司馬遼太郎氏が講演で、通夜の席でごく普通に交わされる会話の不思議について語ったことがある。「ホトケさんは、どこにおられます」「居間です」という会話だ。この「ホトケ」は遺骸を指すわけだが、続けて司馬氏はキリスト教信者が遺骸を God と言うことはないという話から興味深い文化論を展開している。ちなみに、英語では生きている体も遺骸も死体も(日本のメディアでは通常身元がはっきりしていれば遺骸・遺体、正体不明の場合は死骸・死体と使い分ける)おしなべて body となる。魂(soul)と分離しているという概念が根底にあるのだろう。やはり「言葉は文化」だ。

「ホトケさん」の例に限らず日本語では、宗教用語を気軽に?使うことが多い。例えば、プロ野球巨人のV9時代の監督、川上哲治氏は現役時代「打撃の神様」の異名をとった。これは英語にはない文化だ。米大リーグで川上氏に匹敵するのはさしずめタイ・カッブで、日本では彼のことを'球聖'と呼んでいるが、米国でこれを直訳して 'Saint Baseball' と言っても全く通じない。タイ・カッブの米国での異名は 'The Georgia Peach' 「ジョージアの桃」で、宗教的称号である「聖」とはほど遠いものだ。ベーブ・ルースを「野球の神様」、マイケル・ジョーダンを「バスケットの神様」と言ったりもするが、これも日本だけの話で、英語で彼等を God と呼ぶことはない。人ではないが、五輪の「聖火」も英語では単に the Olympic flame あるいは the Olympic torch だ。和英辞典で「聖火」を引くと the sacred fireとか the holy fire と記載されていることがあるが、これはゾロアスター教(拝火教)等における宗教的意味合いとなり、五輪とは関係がない。

冒頭の司馬氏の講演でもキリスト教が引合に出されているが、英語には聖書の影響が大きい。往年のスター、エリザベス・テーラーが純真な美少女を演じて不動の人気を得た(当時12歳)映画 'National Velvet' は、少女ヴェルヴェット・ブラウン(テーラー)が英国のグランドナショナルという障害競馬で活躍し、'National Velvet' と呼ばれることになるというストーリーで、このニックネームを題名にしている。グランドナショナルに馴染みがない日本人には「ナショナル・ヴェルヴェット」の題名はピンとこないため、邦題は「緑園の天使」となった。アイドル的美少女の愛称として日本語的にはピッタリだったわけだが、英語で'天使(angel)'は聖書の「人より優れた能力を持つ神の遣い」と認識される。天国と地獄も日本では「天国よいとこ」「地獄の果てまで」などと気安く使われるが、英語ではそうはいかない。だから、黒澤明監督の映画「天国と地獄」の英語タイトルは 'High and Low' だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

クイズ

今月のクイズ(正解は5月号に掲載)

  1. 司馬遼太郎の小説で唯一中国史を題材にしたのは?
  2. 近代五輪で聖火が初めて導入された時の開催都市は?
  3. 映画「天国と地獄」で黒澤明監督が「エリザベス・テーラーをイメージした」と述べた役を演じた女優は?

1月のクイズ正解

  1. YOUNG MAN (Y.M.C.A.)
  2. キャリー・フィッシャー
  3. オールウェイズ・ラヴ・ユー

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