T氏のすべらないコラム

◆そういう意味では・・・

2016年1月

「どくとるマンボウ」シリーズで知られる故北杜夫氏は、学生時代ドイツの作家トーマス・マンを愛読していた。あまりに好きだったため、ある日街中で「トーマス・マン」という看板を見かけ、「マンが新作を出した!」と興奮してよく見るとそれは「トマト・ソース」の宣伝看板だったそうな。中学時代にこれを読んだ時には、まさか自分が同様の体験をするとは思いもしなかった。あれは三年前――山手線の車内吊り広告がすべて「浦沢直樹」――筆者「YAWARA!」以来浦沢直樹作品の愛読者だ。「浦沢直樹の新作が出た!」と興奮してよく見るとそれはTBS系TVドラマ「半沢直樹」の番組宣伝だった。

冒頭の逸話が載っている「どくとるマンボウ青春記」は、北氏の旧制高校在学中の生活を主に描いた回想記だが、英語の発音に関するエピソードもある。旧制高校生といえば当時の日本の超エリートだが、氏の在学時代は第二次世界大戦終戦直後、それまで敵国語として忌避されていた英語に関しては全くだめで dangerous を「ダンゴラス」などと発音する有様だったという。しかし、生活のためには物資豊富な進駐軍から必需品調達というわけで、米軍関係者との交渉についても描かれる。そこでは数字の20を「トゥエンティ」と発音して通じず、相手の発音から学び、「トゥエニィ」と言えば通じることがわかったという。これは現在の学校英語、試験英語にもあてはまる話で、授業で指導される発音やリスニングテストで流される発音は「トゥエンティ」だが、米国人が普段話すのを聞けば確かに「トゥエニィ」の方が近い。

これが英国人だと「トゥエンティ」でよかったのだが、進駐軍相手には米国訛りの「トゥエニィ」というわけだ。米国訛りといえば巻き舌も特徴で、タ行をラ行にすると米国風――butter は「バラー」、better は「ベラー」となる。「黙れ!」の Shut up! が、「シャットアップ!」ではなく「シャラップ!」とカタカナで普及したのも進駐軍経由らしい。居丈高な命令口調だから日常会話で使えば相手の気分を損ねること間違いなく、ビジネスシーンでは使えないはずだった。ところが、最近米国では Shut up! は必ずしも「黙れ!」という命令ではなくなっている。with a nice smile and rising intonation 「にこやかに語尾を上げれば」 "Really?" と同じく「本当ですか?」という意味になるのだ。しかし、文字通りの意味しか知らない英国人旅行客などは買い物等でこれをやられると激怒して帰るという。「メラビアンの法則」によれば言葉の意味そのもののもたらす影響度は7%で口調や外見が93%だから、きちんとした店員が「にこやかに語尾を上げれば」好感度は高くなるはずなのだが、「法則」も実践現場では万能とはいかないようだ。

今月のクイズ(正解は来月号に掲載)

  1. トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」に触発されて北杜夫が自身の一族をモデルに書いた小説は?
  2. 浦沢直樹が「鉄腕アトム」の一編をリメイクした作品は?
  3. ドラマ「半沢直樹」で金融庁検査官黒崎駿一を演じた歌舞伎俳優は?

先月のクイズ正解

  1. 牛若丸三郎太
  2. ゴルフ
  3. 福沢諭吉

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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