T氏のすべらないコラム

◆そりゃそうだけど...

2015年9月

日本人の英語は「イエス・バット症候群」と言われる。相手の意見に 'Yes' と答えるから賛成と判断したら 'but' と続けて反対意見を述べるというのだ。逆に否定かと思えば実は肯定の2重否定(同じ文で否定語を2度使って肯定の意味にする)も英語では NG とされる。しかし、英語でも「...をよしとする」という意味で not unhappy with ... という表現(not と unhappy で2重否定)があり、'Yes, but ...' も説得術として「よしとする」場合もある。対して、日本語では「そりゃそうだけど...」などまさに 'Yes, but ...' で、バカボンのパパ風に言えば「賛成の反対なのだ」が、日常の台詞として違和感は無い。「なきにしもあらず」など2重否定も OK だ。

映画「大脱走」は、第二次大戦下のドイツの捕虜収容所からの集団脱走を描く。脱走してもそこは独領内、列車で移動して行けるのも独占領下にあるフランスまでというわけで、英語を話すと英米人であることがばれてしまう。そこで、脱走前に独仏どちらかの言語を特訓することになり、両国語とも堪能な英国軍人マクドナルドが指導者となり、脱走直前には模擬尋問が行われる。ある一人に模擬尋問終了後マクドナルドは "Your German's very good." とほめる。相手が "Thanks, Mac. I've put in a lot of..." と独語をたくさん覚えたことを言おうとしたところでマクドナルドの叱声が響く。"Watch it. That's the easiest way to trip up a suspect. Don't fall for that old gag." 「注意しろ。容疑者をひっかける一番簡単な方法だ。そんな古い仕掛けにひっかかるな」―― be careful for よりとっさに飛び出す語としては watch を使うのが普通。trip up は「つまずかせる」の意。gag はギャグつまり言葉遊び。fall for は「ひっかかる」――しかし、ここは模擬尋問は終わり、雑談に入ったところだから、「そりゃそうだけど、模擬尋問は終わったはず...」と返したいところだ。ところが、言われた方は "I'm sorry, Mac." ――「そりゃそうだ」なら反論しないのだ。マクドナルドは "OK. But remember, German always." 「常にドイツ語だ」と念を押す。

脱走後、マクドナルドは脱走計画の参謀役ロジャー・バートレットとバス乗車前の検問を受ける。仏市民を装い、得意の仏語で検問をこなし、さあバスに乗り込もうとしたところで "Good luck." という声に "Thank you." と返してしまい、万事休す。あれだけ指導した本人が French always の鉄則を忘れ、He fell for that old gag. となった。語学の達人マクドナルド最期の言葉は、それとは知らず死地に赴く集団護送中隣席のバートレットに言う "We'd never have got as far as we did without you, Roger." 「君なしでは我々はここまでやれなかったよ」―― never と without 否定語2つの2重否定だ。

今月のクイズ(正解は来月号に掲載)

  1. 「Yes, but症候群」を問題として提起した心理学者は?
  2. ロジャー・バートレットの通称と同名の漫画(アニメ化もされた)作者は?
  3. ロジャー・バートレット役の俳優が監督として米国アカデミー賞を受賞した作品は?

前回のクイズ正解

  1. 一谷伸江
  2. 石原慎太郎
  3. アガサ・クリスティ

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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