T氏のすべらないコラム

◆親指ミステリー

2013年1月

夏目漱石の「坊っちゃん」の主人公は左利きだという。作中主人公が少年時代ナイフの切れ味を実証するため自らの親指の付け根を切る場面で、右親指の付け根を切っているからだ。つまり、左手でナイフを使ったから、「坊っちゃん」は左利きと近代文学史上認定された。さすが「坊っちゃん」ともなると、登場人物に関しても研究が盛んなようだ。
近年では小林信彦氏作「うらなり」が登場人物のその後を描いて話題を呼んだ。シャーロック・ホームズを愛好研究するシャーロキアンが有名だが、創作上の人物を歴史上の人物のように研究したり、続編を創作したりという例は多い。

昨年度江戸川乱歩賞受賞作「カラマーゾフの妹」は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」で起きる父親殺しを解明するミステリーだ。世界文学全集の定番ドストエフスキーは、ミステリーに与えた影響も大きく、例えば、賞に名を残す江戸川乱歩の生んだ名探偵明智小五郎が活躍する「心理試験」は、「罪と罰」ほぼそのままの犯行から始まり、明智小五郎が犯人を追い詰めていく倒叙型ミステリーである。
「罪と罰」で言えば、犯人はラスコーリニコフ、追い詰めるのはポルフィーリー判事だが、違うのは犯人が明智小五郎のひっかけ的な尋問に、つい犯行を証明することを口走ってしまう点だ。この部分は、倒叙型ミステリーで有名な米国のTVドラマそっくりだが、そのはずで元が同じ――このTVドラマを手塚治虫が初めて見た時、主人公の刑事を「こいつはポルフィーリーだ」と直感し、米国の製作者に確認してもらったら、果たして主人公の人物造型にはポルフィーリー判事が参考にされていたという逸話がある。ご存知「刑事コロンボ」だ。

その「刑事コロンボ」に、親指の位置関係が証拠になる回がある。もっとも、こちらは「坊っちゃん」とは異なり、足の親指だ。「指」といえば、finger という英語が思い浮かぶだろうが、 finger は「手の指」のことであり、「足の指」は toe だ。コロンボは靴紐の結び方で犯人の嘘を暴くのだが、実演しながら、自分の「足の親指」を指して My big toe、「足の小指」を指して My little toe と言っている。ちなみにコロンボは他の指には触れていないが、足の場合、親指 big toe の次は second toe、その次が third toe、さらに fourth toe と来て小指 little toe となる。手の指は親指が thumb で別格とされ、序数を使って言う場合、人差し指 first finger、中指 second finger、薬指 third finger、小指 fourth finger となる。ちょうどイギリス英語で1階を ground floor と別格にし、2階を first floor と呼ぶのと似ている。日本語では親指も指であり、足にも指があるが、foot's thumb とか foot's finger などという英語は存在しないから、日本人にとってはミステリーだ。

今月のクイズ(正解は来月号に掲載)

  1. 夏目漱石の朝日新聞連載小説第一作は?
  2. 黒澤明監督がドストエフスキー原作「白痴」を映画化した時の主演女優は?
  3. 「刑事コロンボ」レギュラー放送第1回「構想の死角」の監督は?

先月のクイズ正解

  1. 時の過ぎゆくままに
  2. 宮崎あおい
  3. 荒井由実

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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